
中国語教室の興味深さ!
情報が不足していたら、何をしたらいいか考えるのにも材料がなくて困ってしまう。
とくに、最近は、携帯電話で情報を取り込めるからありかたいですよ。
そのような傾向に対して、何かいいたいんだろうね。
別に何もいうことはないんじゃないですかねえ。
それが世の流れでしょう。
世の流れだからいいということは、ないんじゃないかと思うけどな。
評論文は、世の流れ、大勢に対して意見をいうことが多いね。
みんなそう思っているのかもしれないが、「ぼくもそう思います」ということならわざわざ文章にする必要はないからね。
みんなはそう思っているかもしれないが、ぼくはそうは思いませんとか、みんな気づいていないようだけど、もっといいことがありますよとか、いうことが多い。
たしかに、この文章にも、そういうことをいっているところがたくさんあります。
たとえば?ここです、ここです。
「今の社会に適応することが本当に健全なことであろうか」とか、「文明の進歩を今まで私たちは諸手を挙げて良いものとして考えてきたが、……」とかあるじゃないですか。
それに成績がよくて偏差値が高い人に対しても、「はたして本当に勝った人なのであろうか」なんていっていますよ。
「情報化社会である現代の社会に過剰に適応することは、人間か生きていく最低限必要な条件である主体性を失っていくことにつながる」というのが、筆者のいいたいことだね。
こんなことでよいのだろうかといいたいわけで、世の中が今のままでいいと考えている人は、あまり評論文を書かないと思うよ。
評論を書く人は、ちょっと変わった人が多いのですね。
問題はどうしてそういう世の中の大勢に逆らうへそまがりの意見を、学校で勉強しなければならないか、ですよ。
みんなへそまがりになってしまうじゃないですか。
そうでもないだろう。
今読んだこの文章に君はあまり賛成していないようだからね。
どんな文章にしろ、みんなが一〇〇パーセントそのとおりと思って、考えを改めていくなんてことはないと思うよ。
よけいわからなくなりましたよ。
では、何のために評論文など読むのですか?弱ったな。
どうやって考えようか‥じゃあ、評論文というものがまったくなくて、あるいは、あってもだれも読まないとしたらどうなんだろう?あるテーマに対して、自分とは違う意見かおることを知らない。
違う意見かおるとは知っていても、それがどんな意見なのか知らないということになりますね。
それでは困るだろう。
困りますか?みんなに関わるような大切な問題には、いろんな意見かおることが多い。
そのいろいろな意見をもつ人どうしがそれぞれ相手の意見を知ることがなかったら、どうなる?いきなりけんかが始まりそうですね。
けんかや戦争が絶えないでしょう。
ほら、困るじゃないか。
たとえけんかや戦争にならなくても、いろいろな意見がつき合わされないわけだから、人も社会も前に進めない。
そういうことを考えると、他者のいうことを理解すること……、同調じゃないよ、他者の意見を理解することは、人間の社会が人間の社会としてなりたつ前提条件だと思う。
人間として生きていくために、評論文を学ぶのだってこと?も大きく出ましたね。
さっきの文章も、人間がよりよく生きていくために書かれたものだろうし、その意見を読んで考えることも大切なことだと思うね。
ところで、人間として生きていくためには、他人がいっていることを正確に理解するだけではものたりない。
ほかにも重要なことがあるよね。
あっ、そこから先はいわれなくてもわかります。
ほかのひとのいろいろな意見を受け取ったら、それを比べたり批判したりしながら、自分の意見をもつこと。
そのひとがどんな自分の意見をもったかは、外からではわからないが……。
発表できなければいけませんね。
その発表が、文章のかたちで書かれれば、それがまた評論文だね。
どう?何のために評論文を学ぶか、わかった?人間として生きていくため。
でも、何かうまくいいくるめられたような……。
詩や小説を読む理由も同じですか?焦らない、焦らない。
それは、また、あとで話そうよ。
明日、また、よろしくお願いします。
小説は何のために学ぶのか。
こんにちは、連日ですみません。
また来ました。
いや、謝ることはない。
わたしも、教えるときの参考になるわけだから……。
ところで、今日は何を話そうか?昨日は、評論文を何のために学ぶかだったよね。
ええ、そうです。
評論文を学ぶのは、他者をどうとらえるか、他者の意見とどう関わるかを考えるためでしたよね。
よく覚えているね。
たしかにわたしはそういった。
そして、人間は社会的動物だから、そのことは決定的に大切だ。
それができないと、学問も科学も文化も、前に進みにくくなるだろう。
そういう意味で、より人間らしく生きるために評論文を学ぶのだと思う。
そこなんですが、評論文がなくても、ぼくらは他者や他者の意見と関わって人間らしく生きていられるんじゃないでしょうか?どうやって?どうやってって、ぼくらには口がありますからね。
現にぼくは今、という他者の意見を聞き、自分の意見をつくるということをやっているのではありませんか?たしかにね。
でも、この方法には欠点かおる……。
そう来るだろうと思いました。
一応、ぼくの方も、が何をいうだろうかと想像しました。
何をいわれると思ったの?話したことは、この場かぎりで消えてしまうから、発展性がないってことでしょ。
ぼくとの二人が覚えていれば話がつづくけれども、覚えている範囲で話すわけだから、なかなか深まらない。
それから、ほかの人は入って来られないという欠点もある。
どうですか?違っていますか?違っていない。
だいたい、そんなところだね。
君は、考えることは苦手じゃないな。
人間の社会は大きくなって、声のとどく範囲の人だけが自分と関わる他者というわけにはいかなくなった。
人類の歴史は長くなって、同時代人の意見さえわかっていればよいというわけでもない。
死んだ人とか、同じ時代に生きていても一生会わない人たちなどとは、文字でつながるしかないんだ。
評論文を学ぶ意義は、少しわかったように思います。
自分を納得させて、新たな気持ちで評論文に取り組めそうです。
でも、これまでも、ぼくにとってより大きな疑問は、なぜ小説を読むことが必要かという方なのです。
小説は何のために学ぶのでしょうか。
ちょっと待てよ。
「何のために」は、少しおいておこう。
小説って何だと思っているの?どんな文章を小説というのだろう?まず、自分の言葉で話してごらん。
ええっと……、ごめんなさい。
それがよくわからないんでした。
SF小説、歴史小説……、恋愛小説、怪奇小説……?みんな小説だけれど、どんな共通点かおるというんでしょう?弱ったな、こちらがした質問がそのまま返ってくるとは思わなかったよ。
質問を変えよう。
では、評論と小説では、どんなところが違うのだろう?評論は、みんなの意見が分かれるような大切な問題に対して、自分はこう考えるということを、他者に伝えたくて書いた文章。
だから、小説は、……。
小説は、あまりみんなが気にしていない大切じゃないことを、他人じゃなくて自分自身のために話をつくって書いたもの……。
そんなわけないだろう。
評論をそのまま返して表現したって、小説にはならないよ。
かろうじて、「話をつくって」つていうところは、そんなに間違っていないかな。
つくり話ってことかなあ……。
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